コロナで明らかになったこと

クラス会議

昨日は北海道の藤原先生のZOOM会に途中参加させてもらった。コロナの中、先生たちがやれることについて話している途中であった。

プリントを配った先生、YOUTUBEでオンライン授業に挑戦する先生。

それぞれが思いを持って取り組んでいることを否定する気はさらさらない。学びを止めないようにと考えてやっている。しかし、ZOOMの途中で自分は気づいてしまった。

それは、学校という枠から取り払われた子どもたちが学ぼうとしてないのではないかということ。学ぶためのツールや教材の問題ではなく、子どもたちに学ぶ意欲がないのではないだろうかということである。

うちの子も同じなので人を責められることではないが、つまり学ぶということを欲していないという事実が、コロナによって明らかになったということである。

以前、日本の高校生は知識量が世界一であるが、大学に行った途端学ばなくなるということを聞いたことがある。

つまり、高校生までにやらされ続けているので、そのしがらみがなくなった途端学ばなくなるということである。これと同じことが、今回のコロナ騒動で明らかになったと感じる。

勉強は誰のためにやっているんだろう。

学ぶってどういうことだろう。

大きな騒動の時には本質が明らかになる。

子どもが学びたいと思っていない今の現状。

これって何を表しているんだろう。

一つ言えるのは、動画授業によって一方的に知識を渡すのは得策でない。

あまりオンラインの特性を生かしているとは言い難い。言い方は悪いが、普段の授業を下回る可能性が非常に高い。何より、子どもの反応が見れない分その場にあった対応ができない。

つまり、子どもの困ったに寄り添うことができないのである。一方的に突っ走って行ってしまい、子どもは置き去りである。ある程度できる子にはそれでいいかもしれないが、下位2割の子には、全く理解されない。きっと数分で見ることを諦めてしまう。

これは本当に悪手である。

それよりは、授業動画は既存のものを使って、フォローをしたり質問を受け付けたりする部分を担任の先生が担う。もしくは各学校のエースの先生が、一番得意である授業を受け持って、それ以外の先生がカメラマンや編集作業をする。

A先生は各学年の算数授業を行い、B先生は国語の授業を受け持つとする。担任の先生は、朝の会で受け持つ子どもたちの顔色を把握したり、元気かどうかを確認する。

コミュニケーションに関わるところを担任の先生が受け持つのである。

自分が授業するなら何だろうなと考えてみたが、やはりクラス会議をやりたいなーと思う。

きっと家でも困っていることや、ストレスを抱えている子がたくさんいる。それを解決するアイデアをみんなで話し合ったり、自分の思いを聞いてもらうことでスッキリする子がたくさんいると思う。

大人たちにも、クラス会議は有効であるなと思う。先日ZOOMでクラス会議セミナーを行った。16人もの人が参加してくれて、4人ずつに分かれて、ミニ大人版クラス会議を行った。

自分はホスト役だったので全部の様子を見ることはできなかったが、終わった後の皆さんの表情をみてみると、スッキリしたり非常に晴れやかな顔をしたりしていた。

こんな時だからこそ、繋がりが欲しいと思っている人は多い。クラス会議というツールを使えば、あっという間に仲良くなれたり、壁を取り払うことができる。

本音ベースで話し合ったり、自己開示をするのでお互いに気持ちを伝えることができる。安心・安全な雰囲気ができるのも大きな特徴である。

企業研修などで使ってもらえれば、社内の雰囲気は改善すると思うし、業績もよくなると思う。新入社員の研修で行えば離職率も必ず下がる。なぜなら結びつきができるからである。

たった1回の会議で、これだけ結びつける会議は自分は知らない。