いじめをなくすことはできない

クラス会議

いじめ撲滅!とどれだけ声高に叫んでも一向にいじめはなくならない

戦争反対とデモ行進をしても戦争がなくならないように

教師のくせにいじめがなくせないとは何事だ!って怒る気持ちはとてもよくわかる。もちろんいじめを肯定している訳ではない。ないに越したことはない。

もちろんスーパー教師が担任して、一時的にいじめをなくすことはできても次の年にはどうなるか誰にもわからない。

先生は全力でいじめをなくすよう取り組んでいることも知っている。

そんな話ではなく、いじめが起こった時に自分たちで解決できたっていう経験が大切である。

だってそれは、今後の人生に置いて同じシチュエーションになった時、自分たちで解決できる力に繋がるから。

だからこそ、先生たちのマンパワーに頼った解決ではなく、自分たちで解決するっていうプロセスを手に入れることが必要である。

そのプロセスがまさにクラス会議な訳である。

子どもたちには解決する力があると信じること。

先生が解決するのではなく、クラス会議というシステムによって解決していくこと。

もちろんいじめだけでなく、プライベートな問題や困りごとを共有することで困った時にこうすればいいんだと知ることができる。

週に1時間、年間35時間。たったそれだけでも、人生の経験値としてとてつもなく大きなものを得ることができる。

困った時には、みんなに相談すれば解決に向けて進めるという経験。

人が困っている時に、手を差し伸べると回り回って自分に還ってくるという経験。

困っていることを人に伝えるだけで、悩みが半分になるという経験。

どれ一つとっても、残りの人生に彩を加えるものとなるし、辛い時の生きる糧となる。

つまり、生きることが楽しくなるツールなのである。

語弊を恐れずに言えば、いじめがあったことで、立ち直れないような深い傷をおってはいけないが、クラス全員にとってプラスに働くこともある。

つまり、マイナスな経験を乗り越えることでプラスを手に入れる。

2 件のコメント

  • 私はずっと、いじめのない世界を夢見てきました。強すぎる正義感故に、いじめるという行為に対してどうしても嫌悪感を抱いてしまう。いじめられている人の気持ちを人一倍感じてしまう。
    おそらく、いじめはないに越したことはないのだけれど、やはりいじめは起こる。どんな組織においても起こってしまう。感情を持ち、価値観を持っている生き物だからこそ。そしてそれが多様であり、入り混じっている時代だからこそ余計にかもしれない。
    塾講師をしていた時感じていたのは、経済面、家庭環境によってやはり親の精神的な安定度は違うし、それがもろ子どもにも影響しているなと感じています。
    塾に通うくらいの層はだいたい精神的に安定している。親も穏やかな人が多い。
    子どもたちだけで解決する力をつけられるかもしれませんが、どうしても親の存在を切り離すことはできないなぁと考えています。
    精神が不安定だったり価値観に大きな偏りがある親の元に、毎日帰っていく子どもたちのストレスのはけ口がいじめに繋がっているなあと考えた時、そういう子に対して、週1回のクラス会議で何かできるアプローチはありますか?実際そういう子を担当された事はありますか?
    気になったので質問させていただきました!

    • コメントありがとうございます。いじめはない世界にしたいが、実際にはいろんなことがある。本当にその通りだなと思います。タモリさんは、戦争が起こるのは愛があるから戦争になる。植物に戦争がないのは、愛がないからだと言ったそうです。なるほどなと思いました。親への介入は実際には中々できません。ただ教師としてできることは、週に1回のクラス会議を必ず行い、その子が気持ちを吐き出す場を作るということだけです。人に話をすると辛い気持ちは軽減されます。そして共感してもらうと、次へのパワーが湧いてきます。そういう意味ではクラス会議は有効であると感じます。

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