黒歴史を抱きしめよう

親として

その昔ひと時代を築いたSNSといえばmixi
SNSってこういうもんだって教えてくれたし
招待制っていう響きもなんだか心くすぐられた。

当時大学生だったこともあり。 今見てみるとそれはもう痛い!の一言である

時にポエマーになったり
時に写真家を気取ったり
時にカフェ評論家になったりと
今見ると変な汗しか出ない書き込みの数々

まずアイコンが上半身裸で、左手を腰に当て
海を眺めている

その海はタイの離島パンガン島だったりするのだが、それでもなお痛い!の一言である

しかし、しかしだが。
それを黒歴史と言って封印してしまうのは簡単だし、そんなアカウントさっさと消すのが懸命だっていう考えもめっちゃわかる。

だって今見つけられて晒されようもんなら、生き恥を世の中にばら撒かれるような気持ちにさえなるから。

けれどもその時代、自分が精一杯表現しようとした証をワンクリックで消してもいいものか

若い頃の自分が目一杯背伸びして表現しようとした自分

そこを自分が認めてあげないと、だれが認めてくれるものか。

よしよしそうだよね。精一杯やってたもんね。
と昔の自分をよしよししてあげよう

( T_T)\(^-^ )

もし20年前に戻ってやり直したとしてもきっちりおんなじことやってると思うから

その時々でベストな選択をした。
自分のした選択が間違っていたかも?!なんて思うのは過去の自分にも、今の自分にも、そして未来の自分にも失礼な話である。

悩み抜いた末に出した結論に誇りをもつこと。
もちろん謙虚な反省が必要な時もある。
驕りたかぶれ!って話でもない。

しかし、過去の自分が積み上がって今の自分がいる。

今の自分が積み上がって、未来の自分を作る。

そう思うと、過去を否定することは今の自分を否定することに繋がる。

結果今が幸せでないということにもなる。それは残念だし、幸せな未来もきっと描けない。

常にベストな選択をしてきた、常に最良な人生を歩んでいるって信じよう。
だって違う選択をしていたらどうなっていたかなんて誰にもわかりっこないし、知らないんだから。

そんなことに後悔している時間があれば、こっから先の楽しい計画に時間をかけようぜよ。

黒歴史ではなく、黄金伝説。

大学時代にパチスロ屋にアホみたいに入り浸っていた過去すらもね。

その時があるから、今時間を大切にしようと思える。

あの時間は本気でパチスロでひと山当てて、幸せになれる!って信じてたから徹夜で開店の行列に並べたんだ。

ちょっと頭が足りなくて、視野も思いっきり狭かったけどね。

それを経験したからこそ、もっと視野を広げようとか。学ぼう!って感じることができている。

まさに I’m OK. I’m not OK.である。